2012年1月22日 (日)
よしおさん
よしおさんは集会所の裏の、大きなマロニエの木がある畑の東側の家にすんでいた。その家は平屋の瓦葺で普通の大きさの家だった。だから、仏間と床の間が並んでいる座敷があって、その横が寝間。口に広い台所があって、その隣に、家人がロの字型に向かい合って食事する大部屋がある。お勝手は、その端になる。
よしおさんの姿はほとんど外で見かけたことはなかった。聞いた話によると、お酒のアディクションとかで入退院を繰り返しているそうだ。僕が見たのは3回。一度は夜遅くハイヤーから、寺の脇道に降り立ったところ。ハイヤーのテールランプに照らされた赤い横顔だった。大柄な人で、襟立てたコートに肩すぼめながら、垣根の間に音もなく消えた。
もう一度見たのは、僕たちがいつもどおり、ありあまる時間を持て余して、家々の周りを探索活動していた時だ。とにかく、家のぐるりを巡りながら、縁の下の乾いた土を引っ掻き、獲物を探していた。僕らの探しているものと言ったら、アリ地獄とかフンコロガシとか、そういうたぐいのもの。ファーブルの世界なのだ。けれど、そんなものにはついぞ出くわしたことがない。せいぜいダンゴ虫か土グモってとこ、気が利いたところで、ムカデか、カゲロウの死骸ってとこかな。
それで、その日は、よへいさんの家のスモモとりから、ほとんど成果のないまま、よしおさんちに流れて、家のぐるりを捜索していた。ちょうど食事する部屋のところになる縁の下をさばいていると、いきなり障子戸があいた。四人ともさっと跳び退いたが、そこから動けない。家の中には、寝巻き姿のよしおさんが立て膝で大きな体をかがめていた。何か差し出してきた。おい、面白いもの見せたろか。差し出していたものは、真空管ラジオの外枠を外したものだった。どうだというようなちょっと緩んだ表情で、よしおさんの視線が僕らの顔をなめる。よしおさんは、バリアブルコンデンサーのツマミ(チューナー)を回して、がーぴーと音を出してみせる。
僕らは興味がないわけでもないんだが、でも、そんなに珍しいものでもないし、正直困ってしまった。お互い目を見合わせたりして、誰か、きっかけつくれよー。お前なんかしょっちゅうKYなんだから。そんな特技をここで活かせろよー、なんて空気がよどんでいる。
アッて言って、けんじが走り始めた。空気は一気に流れ始め、ヤスヨちゃんが、ナ二ナ二とけんじを追いかけ始める。後の二人も遅れをとるまいと、何だよーと走り出す。僕らは家のその裏から、その家の表に周り、沼地の方に少し行ったところで何事もなかったように再び探索を始めた。沼地にさしかかると蛇が出て、怖くなった僕らはみんなで寄ってたかって殺してしまった。ことの一部始終を畑で見ていたおばあさんが、その場を立ち去る僕らを追いかけてきて、バチがあたるよ、せめて埋めてあげて、拝みなさいと凄い形相で怒鳴るものだから、さらに怖くなった僕らは死骸を埋めて、それぞれに手を合わせた。その日はなんだか、後味の悪いサンザンな日だった。
それが、よしおさんを見た二度目だった。
よしおさんを見た三度目は、なんだかすっきりしない雲行きの昼前だった。僕の家の2階からは、マロニエの木がよく見える。何気なく窓を開けて、空模様を見ていたら、マロニエの木の枝越しにハイヤーが止まっている。しばらくすると、年老いた母親に脇を支えられながら、よしおさんの後姿がオーバーコートを羽織ってタクシーにのりこむ。よしおさんが、ユラリと傾いて、トランクに手をつく。コートの裾から寝巻きとモモヒキがのぞく。大きな体が母親を突き放し、車の中に消え、母親は家の中に引き返す。そして、風呂敷包みを抱えて戻った母親の華奢な躯体も車の中に消える。バタンと音がして、やがてゆっくりとバウンドしながら、ハイヤーは出ていった。
取り残されたマロニエの木の枝々はもうすっかり葉を落としていた。この日、午後には雨が振り始め、すぐにみぞれに変わった。その夜、僕らの街には雪が降り積もり、翌朝は一面真っ白な雪景色と化していた。そして、よしおさんの姿は、その冬を越して春を迎えても、それから一度も見かけることはなかった。





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