2012年1月 7日 (土)
牛との別れ 1
バクロって、知っている?ペルシャが原産で、女性にとっての健康果物?/そうそう。それはザクロ。// ばくろだろ? 知ってる、知ってるよ、ベルトをとめる金具でしょ。/そうそう、それはバックル。//違いますよ、それは。一面黒く塗りこめることです。/そうそう、それは真っ黒。//バクロですよ、バクロ。漢字を当てはめると、きっと、馬喰って書くんだと思うよ。
春が近づくと、僕らの街にやってくるんだ。馬喰だけど、牛買いなんだ。古ぼけた車体の2トントラックでやってくるんだ。やってくると、オヤジたちは、金属のあるものは片づけろって、注意するんだ。
牛が目当てだけど、ついでに家の外に置いてある金物をこっそり持ち去って行くんだ。真新しい子ども用自転車さえ持って行ってしまうんだよ。金(かね)を持ってくる商売人だけど、金物(かなもの)は持ち去る、油断がならない。
で、ドナドナの世界なんだ。春にやって来た子牛は、3、4年ほど経つと、また、春先に去って行くんだ。赤さびの浮いたトラックの荷台に乗せられて。
牛は役牛、農耕や伐採木の運搬などに使われるんだ。たいがい、2頭飼っていて、一人前になると、先輩牛が売られてゆく。肉牛としてね。役牛として使いながら成長させ、育ちあがると肉牛として、売り払う。一石二鳥ってとこ?内緒だけど、土地が近江だから、回り回って、ひょっとしたらブランド肉として売られていたかもしれない。
この家のいつの代からの誰のやり方なのか。そういうもんなんだと思って来たけど、犬や猫やハトには名前をつけるけど、牛や鶏には名前をつけない。きっとこの時があるからなんだ。
いつ来るかはなんとなく分かる。正月あたりから、食べさせるものが変わってくる。ビールなんかを飲ませたり、炊き餌にみよさが増えたり、あきらかにごちそうになるんだ。
でも、馬喰が本当にやってくる時は、子どもにはやっぱり突然なんだ。
雪が道端にまだ残っている朝に、トラックはやってくる。遅い朝、やけに明るい青空。眠い目をこすり、外に出てゆくと、浅黒い、小太りのおじさんが顔を紅潮させて、玄関前に立っている。「ぼうず、起きたか」と、気軽に声かけて来る。初対面なのに、なんか、なれなれしいんだ。ちょっと、大人の人にこんな言い方は失礼だけど…。すでに、何が起きているのか、なんとなく気づいているので、会う前から印象がいいわけないんだ。
きっと今晩は、馬肉のすき焼きだけど…。でも、なんかね。こんな奴なんか、来なきゃ良かったのに。
ことは淡々と進んでゆく。もう、お金はもらっちゃったんだー。
おやじが奥の牛舎から、牛を従えて来る。眼鏡が光るので、おやじの顔がよく分からない。時間がかかったのは、最後のブラッシングをしていたんだ。キラキラと背中が春先の澄み切った光をはね返している。
手綱をトラックの荷台に向ける。牛は乗ろうとしない。何度かトラックに乗って遠出したことはあるので、慣れているはずだけど、動こうとしない。おやじは手綱を波立てて牛の腰の当たりに打ちつける。びくっともしない。
仕方がないので、前に行って、手綱で鼻先を引っ張り上げる。鼻先がむくり上げられるので、牛はいっぱいに目を見開く。おやじは「ムッ」とか「グッ」とか言うだけ。馬喰が「よしよし、よしよし、よおーし」とか、「よしよし、そうそう」「どうどう」「いい子だ、いい子だ」とか意味ない声かけをやたらとしている。
そんな中、その瞬間はやって来た。あんなに大きな体を揺らして、踏みとどまっていたのに、突然、牛は自分から登った。その時だ。僕は見たよ。牛の目から大きな粒がいくつもこぼれ落ちてきたのを。牛の目って、大きいんだよね。だから、そこから出てくる涙の粒も大きいんだ。ボロボロって感じでね、流れ落ちるんだ。そして、ボトっボトっボトっボトって音がするんだ。
2012年1月 7日 (土)
おやじは手際よく、牛の体をゆるくロープで固定して、馬喰と一緒にアオリを留めている。
馬喰は荷台を一巡すると、ほいじゃあと運転席に乗って、エンジンをかける。
トラックから、ちょっと離れた所に、おやじは突っ立っている。
不協和音の錆びついたエンジンの音が高まると、トラックは一度身震いする。気を取り直して、動き始める。排気音が一定になって、トラックはおもむろに進み始める。赤さびで縁取られたアオリの上に牛の後ろ姿が見えている。
キラキラと光る牛の背中が遠ざかる。またたく間に、村はずれの、高みになっている沢尻橋の向こうに消えてしまう。間もないうちに、見送る思いも橋の向こうに消えてしまう。
ふと振り返ると、立ったままのおやじの眼鏡はまだ光っている。
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