春の日 めかくし鬼さん、手のなる方へ

ひとりごと

2012年1月29日 (日)

めかくし鬼さん 手のなる方へ 1

霞のかかった空が僕らの頭上に広がり、あたたかい春の光が地上にみなぎる頃かもしれない。桜馬場には、まだ、桜は散り残り、葉桜の季節だった。小学4年になった僕らの教室は、初めて若い男の先生に受け持ってもらうことになったのと、新しい転入生を迎えて、ちょっと今までとは違うかも、っていう期待もあったかもしれない。
 

新しい先生には、前の女の先生からどう引き継ぎを受けたのか、早速誤解されてしまったけど、正確には、誤解されていることに気がついたけれど、新しい転入生とは、その日のうちに友達になってしまった。あるじゃん、一目会ったその日からっていうのが、そういう恋愛のことじゃないけど、僕らは相性が合うやつって、一瞬に分かるってことがあると信じている。ま、共通している明らかなことが一つあって、それに互いに気づいてはいた。それは母集団からほんの少し外れてしまっているってことかな。
 

新しくやってきたコータはすごいんだ。お父さんの転勤で、転校してきたんだ。この年、高田に引越ししてきたんだ。そう、高田は桜馬場がある集落だよ。お父さんは駐在所のおまわりさん。色白の上品そうなお母さんと、コータによく似た顔つきの弟と4人で引っ越してきたんだ。
 

何がすごいかって、いつも堂々としているんだ。やっぱり、都会からやってきた子みたい。授業中でも、サッと手を挙げて、大きな声で、きっぱりとものを言うんだ。
 

カッコ良かったのは、土地の者は新参者が来ると、どうつき合ったらいいか分からない。ひょっとしたら、ニワトリさん達と同じで、力関係が分からないと落ち着かないのかもしれない。転校してきたその日に、教室内で、誰が始めたか、はっきりしないが、その場にいた男子みんなが取り囲み、じわじわと距離を縮めていった。そして、取り囲んだ連中みんな、リー、リー、リー、リーとゆっくりしたリズムで声を合わせて、手足が当たりそうな距離まで詰め寄ってゆく。行動開始したにも関わらず誰もがどうなるのかと、期待と不安が高まる。取り囲んだ男子たちは無責任もいいとこだ。誰もがキャスティングボードをコータにまかせてしまっているのだ。コータだから、こんなことになってしまったかもしれない。もっと冴えない子だったら、こんなことは起きなかったかもしれない。コータにこの場の成り行きの全責任がかかっている。良くも悪くもお前のせいだ!どうするんだ、コータ!!
 

やっぱり、コータはみんなの期待を裏切らなかった。やる時はヤルよオ!!
 

その場にかる~く全身、はずませると、ファイテングポーズをとったのだ。来いッ!てね。
 

オオオーッッて、ひろよしくんもあきらくんもおさむちゃんもさとるくんもはるおくんもかおるちゃんもよしゆきくんも、僕の体の2倍もあるじゅうろうくんも、その後その子のアイデアをぱくることになってしまった、数学者のさとしくんも、名投手のとしひこくんも、むっつりすけべのゆずるくんも、みんなが、腹底から感嘆の声を挙げた。みんな、なんて現金な奴らだ。後は、てんでに握手攻めだ。笑い合って、やるじゃないかーって、ぽんぽんと肩タッチして。単純なものさ、仲間って。でも、瞬間瞬間のタイミングなんだ、きっと。ナンダロウ、後で考えると、まるで最初からシナリオがあったみたいに、そこに到るのだ。そして、この時、コータは、その場のヒーローになったんだ。
 

 桜馬場の前の道端、僕らが南に向いて立つと、左がばんば橋、右に下って行く先に、竹囲いに守られたゐ叢薬局(Imura yakkyoku)があった。まん前には、田圃が広がり、すでに耕されていて、水がひいてあったので、きらきら、きらきらと一面に光のニンフが小躍りしていた。
 

 田圃が4枚ほど南に並んでいて、この高みから、荷車がすれ違ってもまだ余裕のある幅の広い道が、その中をつっきっていて、大きな屋敷へと下っていた。道の下る先には、左右に伸びた倉庫の建物があり、その真ん中あたりがくり抜かれ、中庭に抜ける。屋敷全体が砦のようでもあり、その入り口は立派な楼門のようでもあった。壁一面に杉焼板が張られてあり、桜馬場からはいつも逆光になり、黒みがかった壁面は、さらに黒く僕らを圧倒していた。おそらく、昔は繭なんかを扱った問屋だったんだろう。
 

 屋敷ぐるりはいつも綺麗にされていて、その前の大きな道も、草刈りが定期的になされているようで、大きな草は一本も生えていなかった。ところどころ、淵にあやめかかきつばたか花菖蒲の細長い葉っぱが揃い立ちしていた。

 どういうわけか、その家に近づかなかった。おそらく、その集落の子どもたちが寄りつかないから、よそもんもなんとなく近寄りがたかったんだろう。
 

そういうのってあるんだ。地元の子が登らない築山に登ったら、とたんにお腹が痛くなる子が出て来たりする。地元の子に後で、あそこ、何なの?て聞くと、昔えらかった人が埋められているんだ。登るとたたられるよって。ううん、そうだったんだー、てこと、あるでしょ。ね。たたられるよって、言っているんで、仲間の一人がお腹が痛くなるとは言っていないんだけど、そうなんだーって分かってしまって、二度と登らなくなる。そんなことって、あるよねー。素直な空気って。頭の中、ポジパラパー(=ポジにアッパラパー)って感じ。
 

それはともかく、その屋敷には、まん前が桜馬場で、干上がることの多い天上川も脇に流れていて、その周辺が地元の子たちの遊び場だったにも関わらず、その前にもその後にも誰も近づく様子はなかった。
 

だからね、まさかね。その屋敷の前で、突然の大騒ぎ。何が起こっているのか、正直、まるで分からなかった。渦中に巻き込まれていても、や、いるからこそ、きっと、ホントのとこ、全容は理解できていなかったんだと思うんだ。実際!

2012年1月29日 (日)

めかくし鬼さん 手のなる方へ 2

 ばんば橋に着く前に、なんか騒いでるなって感じはした。橋の上に立ち、その場にいた連中はあんまりいつも遊ばない奴らだった。この集落の子が中心で、二人ぐらい気軽に話せる子もいた。笑っている連中がほとんどで、コータに目をやった。でも、コータは動かなかった。

ね。自慢じゃないけど、僕も教室では頭悪くない方だった。でも、コータの方が僕より、ちょこっと頭良かったみたい。IQじゃないぜ、彼の方がマチュアーだったんだ。もともと、パッシヴな性格だったこともあるけど、発想の速さと情報の新しさに格差があったので、コータに、いつもリードされて、ま、つきあってもらっていたって言っても、いや、それはやはり言いすぎな感じ。しかし、間違いなく、飛び出す時は、いつも、コータが先だった。にもかかわらずだよ、コーターにはスイッチが入らない。
 

僕だけが、その連中の中に入って行く。そんなに大したことじゃなかったかもしれないし、みんながやっていて、みんなの中で見ていただけ。だって、みんなが囃し立てているので、一人一人が笑いながらで、発音が今一で、何言っているのか分からなかったし、その言っている言葉が聞き取れてからも、初めて聞く言葉なので、なんのことかよおく分からなかったこともあったが。
 

みんなが言っていたのは、ア・キ・メ・ク・ラだった。なんのことかよく分からないままに、小さい子、1年生ぐらい?女の子をみんなが取り囲む。その取り囲むみんなの後ろについて、手拍子つきの合唱の輪の中に加わっていた。
 

彼女はあっちにフラフラ、こっちにフラフラと、取り囲む子らの輪の中で、笑顔で、低く笑い声すら立てて、目かくし鬼の鬼さんのように、誰かに近づいては離れて、また違う誰かに近づいては離れたりしていた。僕は、連中の体の隙間に見え隠れする、その子の顔を見ているうちに、アッと、思った。何か違うって、思った。その丸顔の眼のぱっちりした子の、その瞬きをしない目に気がついたんだ。だんだん顔が歪んできた。やがて涙目になってゆくのが、誰にも見てとれた。ちっ、なんてこと。近づいても、てんでに大げさな叫び声をあげて、かわしてしまう。その様子を見て、みんな、笑う。誰一人受けとめる奴はいない。それどころか、折角触れた手をふり払う奴すらいるんだ。
 

しばらくすると、彼女は後ずさりしながら、ゆっくり振り返ると、門の方へ、手で空気をかくようにして、小股の速足で歩き出した。そして、門の中にユラユラと消えて行った。無言のまま…泣き声もなかった… 

 おそらく、人が多すぎた。みんなの思いを集約するには、この集団はもう力を持たない。バラバラの深入りしない、してはいけない思いをてんでに抱え、後味をその場に放って、あるものは引き返し、あるものは馬場の奥に消えてゆき、でも、多くのものは馬場の脇の川原に吊るしたロープを頼りにゾロゾロと歩いてゆく。そして、てんでに下卑た、かん高い笑い声を立てたり、雄たけびをあげるものもいた。
 

 珍しく、コータを制して、飛び出したのに、痛手を負ってしまったかもしれない。橋に戻ってくると、コータは立ったままだった。コータの目は0ff状態だった。ちらっと見て、苦笑いをするしかなかった。コータは黙ったままだった。
 これ以上、彼に働きかけるのは、もっと僕の立場を危うくすると思った。川の方からターザンの叫び声と大笑いが聞こえてくる。
コータは僕を見なかった。
 互いに目線を外したままの、僕ら一人一人の陰は、乾いた道路にくっきりと浮かびあがっていた。しばらく止まったままだったが、一人の陰がゆらつくと、その隣の陰も動き始め、そして、ゆらめきながらその場から移って行った。桜馬場のまん中まで辿りつくと、僕は立ち止まり、屋敷の方を見つめた。コータはそのまま、どんどん歩いて行ってしまう。

僕は、しばらく、すくんだままで、まばゆさに目をこらしながら見つめる。黒い門に縁どられる中庭には、こがれる人の影も見えず、盛りの春の陽光に晒されて、白っぽく、ほのかに揺らいでいた。それは僕の描いた失敗作。まさに、塗り直すことのできない、一枚の絵だった。
 

気を取り直すと、僕は、小さくなったコータの後ろ姿を目がけて、全速力で追いかけた。  それから、その日、僕らは走り回っているうちに、日が暮れる前にはこれらのことをすっかり忘れてしまっていた。

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